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2026/07/13

【0.01ミリの継承】第5話「教えるという仕事」

※これは丈本精機を舞台にした機械加工の現場で、技術と人が少しずつ受け継がれていく物語(フィクション)です。

「昔は、見て覚えろ!で済んだんだけどな」

豪田徹は、大型旋盤の前でそうつぶやいた。

新見理玖は、少し離れた場所で図面を見ながらメモを取っている。

その横では、グエンが自分のノートを開き、前回教わった工程をもう一度確認していた。

成瀬課長は、二人の様子を見ながら豪田の隣に立った。

「今も、見ることは大事ですよ」

「なら、それでいいだろ」

「でも、何を見るのかを教えないと、ただ眺めて終わります」

豪田は返事をしなかった。

若い頃、豪田もそうやって覚えてきた。

先輩の背中を見て、機械の音を聞いて、怒られながら手を動かした。

分からないことを聞けば、「考えろ」と返された。

その時は厳しいと思ったが、今になれば、それも仕事を覚えるための時間だったように思う。

ただ、同じやり方が今の若い人にそのまま通じるとは限らない。

理玖にとって、豪田はまだ少し怖い存在だった。

声は低く、言葉は短い。何を考えているのか分からない時もある。

けれど最近、その厳しさの奥に、見落としを許さない優しさのようなものがあると感じ始めていた。

「豪田さん」

理玖が図面を持って近づいてきた。

「この溝なんですけど、先に入れるんですか? それとも最後ですか?」

豪田はいつものように「自分で考えろ」と言いかけた。

だが、成瀬課長の言葉が頭に残っていた。

何を見るのかを教えないと、ただ眺めて終わる。

豪田は図面を受け取り、理玖の横に立った。

「まず、どこが仕上げ面か見る」

「はい」

「次に、加工したあとに形が変わりやすいところを見る」

豪田は図面の上を指でなぞった。

「ここを先に深く削ると、力のかかり方が変わる。だから、最後に近いところで決めたい」

理玖は急いでメモを取った。

「ただ順番を覚えるんじゃないぞ」

「はい」

「なぜその順番なのかを考えろ。理由が分かれば、違う図面でも応用できる」

グエンも隣でうなずきながら、ノートに「理由」と書いた。

その様子を見て、豪田は少しだけ困ったように笑った。

「俺の言ったこと、そんなに書くほどのことか」

グエンは顔を上げた。

「大事。忘れないように」

理玖も続けた。

「僕も、あとで見返すと分かりやすいです」

豪田は照れくさそうに工具箱へ目をそらした。

昼前、高杉圭次が工場へ入ってきた。

「例の丸物、正式に注文になりました」

成瀬課長が顔を上げた。

「納期は?」

「少し厳しいですが、無理な日程ではありません。見積も、こちらの条件で通りました」

豪田は小さくうなずいた。

「なら、ちゃんとやれるな」

「はい。今回は、理玖にも工程を見せながら進めたいと思っています」

圭次がそう言うと、理玖の表情が少し緊張した。

「僕が、ですか」

「いきなり任せるわけじゃない。見る、考える、確認する。そこからでいい」

成瀬課長がそう言った。

豪田は図面を持ち上げた。

「じゃあ、新見。まず材料が来たら、どこを確認する」

理玖は少し考えた。

「材質、寸法、傷がないか……あと、図面と合っているか」

「悪くない」

豪田は短く言った。

その一言だけで、理玖の顔が少し明るくなった。

褒められた、というほどの言葉ではない。

それでも理玖には、自分の見方が少しだけ合っていた証拠のように思えた。

午後、工場に材料が届いた。

大きな丸材がクレーンでゆっくりと運ばれ、大型旋盤の近くに置かれる。

理玖は、その大きさに息をのんだ。

図面の中ではただの円だったものが、目の前ではずっしりと重さを持っている。

豪田は材料の前に立ち、理玖とグエンを呼んだ。

「いいか。図面を見るのも仕事。材料を見るのも仕事。機械に載せる前に考えるのも仕事だ」

二人は真剣にうなずいた。

成瀬課長が、少し離れた場所からその様子を見ていた。

豪田の教え方は、まだ少しぶっきらぼうだった。

それでも、以前より言葉が増えている。

高杉圭次は思った。

技術を継ぐということは、教わる側だけの話ではない。

教える側もまた、少しずつ変わっていく。

大型旋盤の前で、豪田が図面を広げる。

理玖とグエンが、その左右からのぞき込む。

ひとつの仕事が始まろうとしていた。

それは、部品を作る時間であると同時に、人が育つ時間でもあった。

第6話へ続く